4/18/2010

金華山へ

タイトル通り、今日の午後は金華山登山へ。

しばらく前から子ども達と、行こう!と計画していたのですが、
天気に恵まれず延期になっておりました。
岐阜地方は昨日朝より晴れで、道も乾いているでしょう。

金華山・岐阜城、歴史好きの方にはいうまでもありませんが、
斎藤道三が築城した時には稲葉山城、
嫡男・齋藤義龍は道三を討ち取り、城主へ。
義龍の急死、齋藤龍興が13才で家督を継ぎ、
この代に織田信長によって攻め滅ぼされ、
稲葉山城あらため、岐阜城へと再建。

登ったルートは、関ヶ原の前哨戦で
織田秀信が城主の岐阜城を
池田輝政が落城させたときに駆け上ったとされるルート。
斎藤道三から織田秀信まで、
なかなかの出来事を経験してきた山城です。
ウィキペディアなんかを見ると、唸ってしまいます。

その道、「瞑想の小径」なんて名前が付けられています。
で、所々に哲学者の金言が…よく解らん…

かなり険しく、末子は這うように登ってました。

しかしまあ、こんな所によくも城を建てたと…

見晴らし良好。

もちろん現在は鉄筋コンクリートですが…


下りは写真撮りながらだと危ないので画像なし。

家来達が登城するときに使った
「七曲がり」と呼ばれるルートで帰りました。
なんだか平和な道…
いい道ですが、足がガクガク…

家内は「こりゃ〜いい運動通り越してるよ!」と。

2 件のコメント:

momo-cafe さんのコメント...

こんばんは。

稲葉山城…行ってみたいです。実際その場に立ってみるとわかる事ってたくさんありますよね。百聞は一見にしかず…まさにその通りです。

岐阜(美濃)は壬申の乱を始め、天下の雌雄を決する戦いがあった場所、車ではなく自分の足で歩いてみたいですね。

ヒロっち さんのコメント...

momo-cafeさんへ

コメントありがとございます。

登山ルートは、池田輝政はよく駆け上がったなと感心させられました。前哨戦から関ヶ原への家康たちの意気込みが伝わってくるルートでした。

是非是非、岐阜へお越しください。
(夏は避けて。札幌出身の友人が、毎夏、死んだように夏を耐えています。)

三河〜美濃にかけて、日本史・特に戦国史ファンにはたまらないスポットが目白押しです。もちろん、よくご存じだと思いますが。

滋賀へ帰省する途中、関ヶ原で自転車にのって…時々地図を広げて…の歴女?を見かけます。こんなのも良いですね。